◾️12/30(日)
20時10分梅田出発
小矢部川SAにて仮眠
◾️12/31(月) 曇時々雪 伊折→松尾平
4時起床 4時30分出発 流杉PAにてパッキング
6時上市駅にてタクシーに乗換 7時伊折到着
7:20伊折-11:10馬場島-11:35登山口-13:20松尾平テント設営 18時就寝
伊折から馬場島に行くまでのあいだに朝から12/25からの北方稜線の遭難者をヘリが飛んでレスキューしていた。
馬場島の駐在所で大窓付近で無事救出したと富山県警の方から聞き安堵。
前日の12/30(日)に5パーティが先行して入山していた。そのためトレースがしっかりしていた。
途中体調不良などで何人か降りてきたので話を聞くと複数パーティで交代しながら早月小屋までトレースを付けたそう。
12/31(月)に入山したのは我々だけでラッセル泥棒になってしまった。
予定通り松尾平でテン泊し、晩は年越し鰻丼を頂く。
◾️1/1(火) 晴のち雪
5時起床
7:25松尾平-12:15標高1640m付近テント設営 18時就寝
朝から新年らしい穏やかな天気
北方稜線の初モルゲンロートが美しい。
昼から予報通り雪が降り出したため、上に行くか降りるか悩んだ。
メンバーの取り敢えず上がれるところまでとの熱意に押され1640mまで上がりテント適地を見つけて13時くらいにテント設営。
前日に早月小屋に入ったパーティは今後の降雪予報を見越して全て下山していく。
すれ違ったパーティに話を聞くとアタックしたのは3パーティほど。
最高で2700mくらいまで。
20代前半くらいの若者が首までラッセルして到達したとのこと。
その後すれ違った中年グループが2600mくらい?
あと1組テント担いで2400mくらいにいたらしいが結局は全てのパーティが下山したとのことでした。
残りのパーティは朝
の劔の写真を撮って雪の状態を鑑みて早々に下山したようだ。
夕食はうどん。途中、我々が予定の早月小屋に到着しなかったため富山県警の方から携帯に連絡あり。
お正月返上で警備に当たってくれる富山県警さんには感謝の言葉しかない。
メンバーの一名が就寝後シュラフを脱いで「寒い、死ぬ、助けて」と夢の中で魘されていたので二度シュラフを掛け直してようやく就寝。
一体どんな夢を見ていたのだろうか?
◾️1/2(水) 雪
5時起床 7:40下山開始-10:50松尾平-12:10馬場島・休憩~12:40-16:10伊折
朝から一名が体調不良(脱水症状?)で食担変更と撤収が40分遅れる。
無事食事と水分補給で体調回復したので7:30下山開始。
50cmの積雪。重い雪質。
幸いガスなくトレースのあとがぼんやり残っていたので前日のトレースを足の触感で辿りながら下山。
票布のないひらけた支尾根の分岐点とトレースっぽい窪みに惑わされる。
ガスがあったら間違えて道迷いしそうな感じだった。
登りで黙々と登るだけでなく撤退に備えて地形を覚えておくようにとの前日の指導の意味がわかる。
12:30くらいに馬場島に到着。
どうせ春まで宿閉めて賞味期限きれちゃうからねと馬場島荘の方からコーラいただく。
宿に泊まっていた剱岳のレジェンドのおじいさんから「2700mまでトレースあるんやから行ってこんかい」とどやされる
ちょうど13時くらいに宿の方を送迎する雪上車が走り馬場島から伊折までは圧雪された。
それでもかなりだるい林道歩きが続き16:10くらいに伊折に到着。
馬場島に着いたからもう安心と思っていたが早月尾根では電波状態が良かったのに馬場島以降はドコモの電波状態が悪く、結局伊折まで圏外のまま。
AUのデータ通信のみ可能でLINEで連絡して大阪から上市タクシーに電話にて連絡してもらう。
伊折まで迎車いただきなんとか無事上市まで帰ることができた。
タクシーの道中、ドコモの電波が入るのが町の手前だったことを考えると馬場島でタクシーを呼ぶべきだった。AUの携帯に感謝。
最後にホテルルートイン魚津で打ち上げ🍺
四泊五日の予定が二泊三日で切り上げてもヘトヘトで八ヶ岳や穂高に比べて圧倒的に奥深い劔をほんの少しだけ味わったのかもしれないです
今回はまだまだ1650mですがいつか実力を付けてリベンジしたい。
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